僕らの卒業式
舞台のうえで卒業証書をうけとり、お辞儀をして舞台をおりる生徒たちを見て、私はちょっとしたセンチメンタルな気分になっていたが、いけない、教頭たるもの厳格なオーラを発していなければと、すぐさま私は、目をてのひらでこすり、舞台上をみた。
――パンツが見えている。私は目を丸くした。ええと、あの生徒は3−Cの山谷杏子だ。金髪を黒染めしなければ、卒業式から締め出すと私が厳しく注意しただけあって、髪の毛は黒いが、私は迂闊だった。スカートの丈のことまで気がまわらなかったのだ。神聖な卒業証書授与式が不純な空気につつまれる。深いため息がでた。
「教頭先生、教頭先生」
そばで菅崎先生が私を呼んだ。
「なんだね」
「青井ハジメが、卒業式を抜け出したそうです」
――青井ハジメ……。3−Cの生徒か。またあのクラスか。担任は何をやっとるのだ。自分の表情がいかめしくなるのを感じた。山谷杏子は尻をふりながら舞台を降りている。
* * *
電車に乗り、海カオル駅を目指す。大体あと二十分ぐらいだ。携帯電話の時計をみて、校歌斉唱の時間にはぎりぎり間に合いそうだと安堵のため息をつく。
車内シートに座り、車窓を見る。澄んだ青空が地上の上をおおっていた。僕は海野夏伊の顔を窓に思い描いてみる。彼女の口元は、笑っているのか、嘆いているのか、どっちなのかよみとりずらい形をしている。それが僕のなかでの、海野夏伊の印象なのだろう。そしてそんな彼女に僕は好意をもっていた。彼女の、影のある笑顔が好きだった。たぶん、僕にも似たようなものがあって、言い方がわるいが、傷の舐めあいをしたかったのかもしれない。――しかし彼女はもういないのだ。
二十分はほとんど退屈せずにすぎた。夏伊を思い浮かべれば、時がたつのははやかった。
電車のドアが開く。突然、海の匂いが鼻腔をくすぐった。僕は夏伊との夏を思い出す。白い水着に、透明な笑顔。とつじょ、僕の頬になみだが流れる。夏伊。なんで死んだんだよ! 僕は倒れそうになり、よろめきながら、駅の柱に寄りかかった。だけど、いけない。急がないと校歌斉唱がはじまってしまう。僕は決めたんだ。いちばん夏伊を感じれる場所で、一緒に歌うんだって。せっかくの卒業式なんだから、アイツも誘ってやるべきだろ? 僕は砂浜へ向かった。
三月の潮風が頬をこする。冷たかった。まるでこの現実をあらわしているようだった。
携帯電話が着信音とともに振動する。僕はそれを手にとって、音量を最大にあげ、波音しかない浜辺に、校歌が流れる。
『――かがやく われらの母校 ななせ〜 ななせ〜』
……聞こえているか、夏伊。僕らの高校生活は、終わったのさ。
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